UCLAにて。UCLAに行くと、心なしか表情が冴えない気がする(笑)
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こんにちは。アメリカ留学カウンセラーのぶっちです。
僕はUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)という大学を卒業しました。政治学部国際関係学科です。
UCLAは人気の大学ですし、知名度もある。
そんな大学に行けていいな~なんて言われることもあります。
でも、僕はあの頃鬱に近かったんじゃないかと思います。
今日はそんなUCLA時代の話を書いてみたいと思います。
Contents
サンタモニカカレッジからUCLAに編入した時は嬉しかったです。サンタモニカカレッジ時代は絶対UCLAに入りたいと思って机の前に「UCLA絶対合格!」という張り紙をしていたくらいですから。
合格通知をパソコン画面で見た時は「よっしゃー!」って叫びましたね。
それから入学して、最初は「こんなすげーキャンパスで勉強するんだ!」ってワクワクしてました。
いくつかのクラブに参加したことでアメリカ人との交友関係も広がったし、アメリカ人のパーティーなんかにも参加したり、いわゆる夢のアメリカンカレッジライフが始まった!という感じがしました。
でもほどなくして、全然楽しくなくなってしまった。
何か特定のきっかけがあったのではなく、日々の学生生活が辛かったのです。
サンタモニカカレッジでは30人くらいのクラスが多かったのに、UCLAになると1クラス当たり200人くらいだったりして、教授との距離も遠く、誰に助けを求めていいかよく分からなかったり。
サンタモニカカレッジでは、必要履修科目だけではなく音楽などのクラスも自由に取れ、リラックスする合間もあったけど、UCLAに入ってからは授業も専攻のクラスがほとんどになり、余裕がなくなったりとか。
授業もレベルが上がり、知識不足のため理解できないことも増えていった。
正直、授業を1時間か1時間半受けて、ノートに何も書かずに教室を出ることも何度もあった。書きたくないのではなく、何となく話が上の空で終わってしまい、何も書けずに「あぁ今日も授業が終わってしまった。。。」ということが何度もあった。
そんな日々を過ごす内に、「なんで俺がUCLAにいるのか?」ということを考えてしまった。
どう考えても読みこなせない量の課題図書。それを見るだけでうんざりした。
一度アメリカ人クラスメイトに聞いたことがある。「こんなにたくさん読めるの?」って。
そしたらアメリカ人も苦笑して、「無理だよね~」って言ってた。
アメリカ人が読めない量の課題図書、どうやって俺が読めるの?って。
そりゃぁアメリカに行って英語力は伸びたけど、ネイティブと比べると大きな差がある。確か当時リーディングスピードをインターネットで測ったことがあるけど、僕のリーディングスピードはネイティブの半分弱。ということはネイティブの2倍以上の時間が掛かる。
そんな日々を過ごしていると、「頑張ろう!」と思う気持ちが萎えていった。
それからUCLA時代は、目標を見失っていた。
サンタモニカカレッジ時代は、全クラスでAを取るべく必死に勉強した。一つのゴールに対して全力になれた。
でも、UCLAに行ってからはそういう気持ちがなくなってしまった。
そもそもAを取る理由もない。あとは卒業して就職するだけ。そんな風に感じてしまった。
もちろんテスト前には勉強はしたけれど、Aを取るためではなく、ちゃんとC以上を取って卒業するため。いや、Cはさすがに嫌でも、Bならまぁいっか、みたいな。そんな感じ。
だから、勉学に対する熱も冷めてしまった。
それから、学びたかった国際関係学。
僕は、これから世の中がどんな風になるのかを知りたかった。
でも、習うことと言えば歴史の話。そりゃそうだよね、例えばキューバ危機に、アメリカとロシアはどんな事情があってどういう行動を取ったのかを分析しないと歴史から学べない。良い未来は歴史を教訓にして作っていかなければならない。
だから、学ぶのは過去の事ばかり。知りたいのは未来の事なのに。
これは僕の認識の甘さが原因だけど、それも失望した理由かな。
ロサンゼルス国際空港近くのビーチにて。今でもロサンゼルスに行く度に、ここには行きたくなる。
サンタモニカカレッジ時代は友達に恵まれた。みんな同じような目標を持っていたから、その時に切磋琢磨した仲間は本当に大切な友達だった。
でも、当然ながら4年制大学はみんなバラバラの道に進んだ。ロサンゼルスを離れた友達もたくさんいる。
UCLA進学後も友人関係は続いていたけれど、特に共通の話題はなくなってしまった。会えるのもたまーにという感じ。
UCLAではまた新たな友達は出来たけど、やっぱり共通の目標を達成しようと共に頑張った時の友達程の友好関係は築けなかった。
土曜日、日曜日。ロサンゼルスのビーチに行けば、楽しそうにしている人はいっぱいいる。
でも僕は、ストレスから逃れることは出来なかった。いつも読まなければならない課題図書、やらなければならない宿題、書かなければならないエッセイ、そんなもの達が頭を離れることはなかった。
ビーチに行っても気分は晴れない。
ロサンゼルス国際空港近くのビーチで、太平洋に向かって飛んでいく飛行機をよく眺めてた。
あれに乗って、みんなどこに遊びに行くんだろうなぁって。
あれに乗ったら日本に行けるんだろうなぁって。
確かその頃、Depression Scale(うつ病調査)とかそういうものをインターネットで見つけて、試しにやってみた。
結果は結構ヤバかった。だめだ、こりゃいかん。
正直一人では抱えきれなかったから、学校の心理カウンセラーにアポイントを取った。
日本では心理カウンセラーに会うのはハードルが高いと思うけど、アメリカではそこまでではない。何より、当時大好きだったアメリカ人のラジオパーソナリティもカウンセリングを受けていたらしくて、「カウンセリングを受けたことは俺がした選択で人生最良のものの一つだった」と言っていた。
その言葉を聞いて、カウンセリングを受けようと決めた。
最初はやっぱり、緊張した。
同じUCLA内とは言え、普段行くことのない建物。心理カウンセラーを待つ。俺はとうとうここまで来てしまったか、と思った。
でも、カウンセラーと何度か会って話をした。
カウンセラーは、30代くらいの、優しそうな白人男性。朗らかな人だった。
カウンセリングで何か状況が劇的に変化することは無かったけど、週に1回、色んな話をした。
こんなことが辛いとか。こんなことで悩んでるとか。
それに対して、こんな解釈をしてみたら?とか、こんな風に楽しんでみたらとか、違った視点をもたらしてくれた。
それらのアドバイスを受け入れる余裕すらなかったけど、それでも毎週カウンセリングに通った。
通った時期は確か卒業に近かった頃。だから、卒業と共にカウンセリングも終わった。
成果がなかったと言えばそうかも知れないけど、無事卒業までたどり着けたこと自体が成果かも知れない。
それほど僕は、パンク寸前だったから。
今思い返してみても、UCLA時代は本当に辛かった。2年間の苦行。そんな言葉がピッタリくる。
でも、最後までやれて良かった。やり切れて良かった。
もちろんドロップアウトしようとか、そんなことは思っていなかった。やり切ることは決めていた。でも、やり切れる実力がなかった。キャパシティもなかった。だから辛かった。苦しかった。
それでもやり切れたことは自信になったと思う。あの時やり切れなかったら、一生後悔していたと思う。
本当に苦しい経験だったけど、卒業出来た時は本当に嬉しかった。達成感があった。
これまでの苦しみは、この達成感を感じるためにあったんだと思えた。
そんなUCLA留学の2年間だった。
アメリカの大学に留学するのって、簡単じゃない。
異国の地で、外国語を使って高度なことを学ぶんだから、簡単なわけがない。
それはしっかり胸に刻んでおいて欲しいと思う。
でも、だからといって「厳しいからやめといた方がいいと思うよ」なんて言うつもりはまったくない。逆。ぜひやって欲しいと思う。
この記事では、敢えて僕の辛かった経験を書いてみた。もちろん日本人留学生でも、比較的スムーズに卒業出来ている人もいたけどね。僕は苦しかった。
それでもやり遂げたということの達成感。自信。身についた力。
それを考えれば、辛かったことも今となっては肯定できる。
いや逆に、辛い思いをして、歯を食いしばって頑張ったからこそ得られた達成感なんだと思う。
それは本当に何物にも代えがたいもの。
だから、大学留学というチャンスがあるならば、ぜひ挑戦してみて欲しいと思う。
そしてその応援は、僕ができるだけしてあげたいと思う。
だから、何か相談したいことがあったら、いつでも連絡を下さい。
誰かに助けを求めたっていい。
最後に笑って「やり切った」って言えるのならば。
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